" How Do Dogs Learn?"
(犬はいかに学ぶのでしょう?)
ゴールデンレトリバーニュース(Jan/Feb 1996)より。
by Connie Cleveland
私の訓練はすべて、犬についての一連の私の信条や考え方に由来しています。それぞれの服従訓練は特定のステップを踏んで教えて行きますが、実は私にとってはそのステップはそれの裏にある理論ほどには重要でありません。私の信条のどれとも矛盾しない限り、私はまったく躊躇せずに新しいやり方を試してみます。
犬は問題を解決する能力を持っている
犬舎の運動場のかんぬきを開けられる犬を飼ったり、見たりしたことがありますか?その犬はどうやってそれを学んだのでしょう?まず彼は自分が問題を抱えている、と考えました。閉じこめられて、外へ出れないのです。次に彼は問題を解決しようと決意します。たいていの犬はそこですぐに門に飛びついてかんぬきを上げたりはしません。
ここで仮にあなたが60ポンドの濃いレッドの牡のゴールデンレトリバー(名前はラスティー)をレスキューしてきたとしましょう。あなたは彼を連れて帰り、庭の囲いの中に入れます。彼は吠え出し、あなたは台所の窓から覗いてみますが、吠え声が迷惑になるような近くには人がいないので無視しておくことにします。ほどなく吠え声は止み、次にあなたが窓から見ると、彼が犬小屋と門のあたりを掘っているのが見えます。「それは時間の無駄よ」とあなたは思います。というのは運動場にはブロックを敷き詰めてあるので、掘っても効果はないのです。
少したってあなたが見ると、彼は犬小屋の上に乗って、上屋根を調べ、そしてまたそこにも逃げ道がないのを見てとっています。しばらくして、妙に静かなのが気になってあなたが外を見るとなんとラスティーは大喜びで裏庭じゅうを走り回っています。「囲いを壊した!」というのがあなたが最初に思いつくことですが、囲いが壊された跡はありません−門が開いているのです。
あなたはラスティーを囲いに戻します。犬が一度運動場のかんぬきを開けたら2回目はもっとすばやくやるでしょう。ラスティは少しだけ吠え、掘り、そして屋根に上るかもしれません。でもすぐに門にジャンプして引っ掻き、外へ出てしまうでしょう。
またこの話から言えるのは、「犬は試行錯誤によって学ぶ」という事です。
ラスティーは吠えたり、掘ったり、登ったりしてみた後に問題の正しい解決策に到達したのです。また同じくこの話から言えるのは「報われない行為は消滅する」という事です。ラスティーはいつまでも吠えたり掘ったり、登ったりし続けることはありませんでした。彼は自分の問題を解決できなかった「解決策」はあきらめたのです。
最後にこの話ではっきりするのは「行為が学習の前にある」という事です。最初にラスティーが門を開いた時は偶然にできただけなのです。彼はなぜ自分が成功したのか正確にはわかっていませんでしたが、その後うまくいくたびに彼は自分のしているどの行為によって門が開くのかを次第につかんでいきます。そしてそのうちに、あなたの見ている前でさっさとジャンプしてかんぬきを開けるようになるでしょう。
「犬は状況対応的である」という意味はラスティーはあの門のあのかんぬきは開けられるという事です。違う状況でラスティーをまったく同じ形状の囲いに置けば、彼はかなり早くかんぬきを開けられるでしょう。しかし門の位置が少し違う囲いの中にラスティーを置いたら、開けるのに時間がかかるでしょう。オベディエンスの訓練をしている犬を新しい場所につれてくると失敗してしまうのはこれが原因なのです。ある所で出口がどこにあるかを知っているからといって、別の所でそれがどこにあるかは必ずしも犬にはわからないのです。
「犬は問題を解決しようとするものだ」という事と「それを試行錯誤によって学ぶ」という事が私の犬の訓練理論の基礎となる知識です。私は個々のオベディエンスの練習を問題として提示し、犬の行為がその正しい解決策となる様に仕向けます。私は犬が望ましくない解決策を試そうとした時も止めさせようとはしないで、むしろ間違った解決策をやらせてみて、その後誉めないこと、またはごほうびをあげないことによって犬が間違いに気づく様にします。
「報われない行為は消滅する」という事を思い出してください。犬は間違いを犯してもかまわないのです。その時は「よく頑張ったけど間違いよ」という態度を示してやります。間違った選択をすることも問題解決の一部なのです。
この部分が私の理論の中で最も多く意義を受ける所です。犬を訓練する人たちというのはたいてい犬が間違えるのを嫌がります。それに対して私は、犬は考えられるあらゆる間違いをおかした後、はじめて正しい答えを理解するのだと反論します。実の所はどの課題でも失敗(間違った答え)の数というのは限られているのです。例として幅跳びの課題について考えてみましょう。跳ぶように命令された時の考えられる反応(問題の答え)をあげてみると以下のようになります。
- 跳び木の右側を迂回する
- 跳び木の左側を迂回する
- 跳び木の中を通り抜ける
- 「跳べ」と言われても動こうとしない
- 跳びもせずこちらにやっても来ず、ただ立ち去る
(注:アメリカのオベディエンス規定では幅跳びは犬は跳び木の手前に座って待機し、指導手は跳び木の横に立って指示を出す)
- 正しく跳んでみせる
あなたの犬が1)〜5)までの正しくない反応をした所を思い浮かべてください。多くの訓練者は(たぶん「ノ−」と言って)これらの間違いをおかしそうになった犬を止めるでしょう。私なら犬にそのまま間違わせ、その後首輪を持ってもとに戻してもう一度やらせます。
(誉めたり、ごほうびをやったり、またはけなしたりという事はしません)犬が上のような間違いを犯すのを放っておくのは嫌ですか?私がいろんな所のセミナーで観衆の人達に何故犬が間違うのを見ているのが嫌なのか聞くと、以下の3つのどれかを答えます。
1)「そうしたら私(訓練者)がかっこう悪い」
これがいつも最初に出される声です。でも...競技会の場面を想定しているのですか?そうではないはずです。あなたが競技会に出る前に、犬はこれらの間違いを実際にやってみて、それが間違っていることを理解していないといけません。(「この犬はこれまでこんな事やったことなかったのに」という言い訳をしているようでは駄目です。
「この犬はこんな事は前にやった」と言えるようになってから出てください。)もちろんあなたが訓練している時に一緒にいる人が犬の間違いを笑ったりはしないでしょうね?もしそうなら訓練をする仲間を変えなさい。私と夫はこれまで訓練の終わった後で「ラスティーが跳び木の間をすりぬけた時のあの間抜けなスージーの顔ったら... 」なんてことを言ったことは決してありませんのでご安心ください。
2)「そしたら犬はいつまでたっても間違いをし続けるかもしれないから」
犬がいったん間違って課題を行なうと、その犬はその間違えたやり方を「学んで」しまう、と考えるのはよく見受けられる誤解です。犬が一回(あるいは10回でも同じですが)失敗するのを放っておいたからといって犬が間違ったやり方を学んだことにはなりません。
あなたは犬が課題を一回(あるいは10回でも同じですが)正しくやったからと言って、その後もずっと正しくやるはずだ、なんて思ったことがありますか?もちろん違います!そしてその反対も同じく正しくないのです。
3)「もし間違ったら、わたしは犬に“間違ったよ”という事をわからせるのと、正しいやり方を教えるのと、その両方のやり方を覚えないといけないでしょう?」
犬に間違えて欲しくない理由としてはこれが一番最もらしいと思います。私達はだれでも、どんなに疲れていても、やる気がなくなっていても、犬がうまくやったときに「いい子!」と言うことはできます。ところが犬が間違えた時には私たちは考えて反応しなくてはいけません。その為に私達はつい。「とにかくうまくやってちょうだい。そのほうが私はずっと楽なのよ」という態度をとってしまいます。
さあ、私がこれに関してもっと気楽に考えられるようにしてあげましょう。もし犬が失敗して、あなたがそれをどう直していいかわからなかったら、何もしなかったらいいのです。そのまままっすぐ家に帰って、だれか信頼できる人と話をしてその問題を論じあうのです。一番いけないのは、その場で数秒間のうちに問題を解決してしまわないといけないと思ってしまうことです。そのまま何もせず、時間をかけてどう反応したらいいかを決めた後なら、次のトレーニングの時に犬が同じ間違いをしたらそれを直してやる事ができるはずです。
犬が失敗するのを止めるのではなく、喜んで失敗させようという事にするのだったら「訓練者の私は失敗を恐れてはいけない」のです。これまでの経験を通してわかったのですが、いつも失敗しそうになると止められている犬は、そのうちやってみることを恐れる様になります。「失敗を恐れていては学べない」のです。
私たちはこれが人間についても当てはまることを良く知っています。もし私がたし算を習っていたときに、間違った答えを言うたびに先生が「駄目!」と怒鳴っていたら、私は算数に興味を失っていたでしょう。同じように犬が幅跳びを間違ったやり方でやろうとするたびに私が怒鳴っていたら、すぐにその犬は動くことが正しくないのだと思ってしまって、幅跳びの問題を解決しようとしなくなる(跳ぼうとしなくなる)でしょう。
ではもし私が何か正しくないことをしようとした犬を止めたり、「駄目!」と言ったりしないとすれば、何をしたら良いのでしょう?何をすべきか決める前に「何故犬は失敗するのか」を理解する必要があります。
犬が失敗するのには4つの理由があると考えています。
犬は「混乱している」(私が犬に何をしてほしいと思っているのかがわかっていない)のか、「恐がっている」(状況が犬を神経質にしすぎてしまって、やる気をなくしてしまっている)のか、「気が散っている」(私が何かをしろと言ったことさえ、犬は認識していない)のか、または「自分の好きなようにしていいと思っている」(犬はあなたの言った事が聞こえ、その内容を認識するが、やる気を示さない)のか、いずれかです。
犬が混乱しているか、または恐がっているときは矯正してはいけません。犬に対してあなたが何をしてほしいかを見せてやるべきです。何をして欲しいかをどうやって見せるかはそれぞれの課題ごとに異なります。あとの稿で(このシリーズの後の号で)それぞれの課題ごとに私が最も効果的だと思った方法について探究するつもりです。
気が散っていたり、自分の好きなようにしていいと思っていたりする犬は矯正されるべきです。ただし矯正というのは暴力を振るったりする事ではありません。矯正でさえ、犬について理解されなくてはいけないのです。矯正を理解する事については以前の記事をご覧ください。犬の訓練というものは良識の通じるものだと教えてくださったDiane Baumanに心からの謝意を表します。
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