ラブラドールレトリバーってどんな犬種?
(アメリカ K-9 ウエブ、犬種別コーナーより)
ラブラドールQ&A
ラブラドールの歴史
ラブラドールレトリバーは1800年代の半ばに、完ぺきなガンドックを生み出し、洗練することに夢中になったほんの一握りのプライベート犬舎によってイギリスで発展しました。このようなたくさんの犬舎が、彼ら自身のビジョンをそうした犬に対して追求していたことで、今日の様々なレトリバー犬種の基礎となっています。
初期のころの先祖たち:
初めて漁業を専門とする人たちがニューファンドランドに到着したとき、そこには土着の(原産の)犬は全くいなかったことははっきりしています。仮に当時のネイティブアメリカンが少数飼っていたとしても、探検者達には観察するチャンスはなかったことでしょう。漁師達が何世紀にも渡ってニューファンドランドでの一番の人々である範囲においては、セント・ジョンズ犬自体が昔ながらのイングリッシュ・ウォーター系の犬種から派生したとも言えるでしょう。もっと推測すれば、昔のセント・ハバートの犬は海外から連れてこられたと言えるかもしれません。この犬種のイラストを見ると、ブラックで、垂れ耳なので、とてもラブラドールに似ていますから。けれども、ニューファンドランドに行った漁師がウォータードックよりもゲームに用いる為にハウンド系の犬を飼っていた可能性があるかどうかはよくわからないのです。
私たちには何が起こったかを推測することしかできませんが、イギリスから送られたタラ漁の漁師たちは、「海岸での釣り」を学んだということは確かです。平底の小さな舟は実際の漁に使われていました。そして彼らは4人でチームを組んで漁をしていました。2人は舟の上、2人は海岸で魚を保存したりする準備をしていました。彼らは舟を出たり入ったりする、短くて水をはじくコートを持った小さな犬種が欲しかったのでしょう。水をはじくので、舟の中に水を持ち込まないのです。また彼らは魚を持ってこさせるために強力なレトリーブの本能を持ち、泳ぎがうまくて何時間もかかるかなりの仕事に耐える犬を繁殖しようとしたのでしょう。その航程中は重くても、漁師達の犬は20時間でも魚を引っ張っていけるということに定評がありました。
こうした初期の仕事のために発展した犬は、数種の中に見られます。漁師の舟向きの小さな犬、牽引するための大きな犬といった具合に。その小さな犬には呼び方がいろいろあって、小さなセント・ジョンズ犬とか小さなニューファンドランド犬、あるいはラブラドールと呼ばれていました。そしてこの犬がニューファンドランドからやって来たのです。地理的な混乱もあってか、どうしてラブラドールと呼ばれたのかはわかりません。19世紀の終わりにレトリバーの歴史を書いたチャールズ・エレイ氏はこう述べています。
「イギリスにやって来た最初のラブラドールは、ニューファンドランドからタラを積んできた舟から陸上に泳いでやって来た。(中略)彼らの海での経験が(中略)水かきのある足、水をを通さないコート、そしてかわうそのように短くて太く”刀のような”尾といったものを作り上げ、その尾は、海の真ん中でも彼らの太り気味に作られた体を安全にかじ取りするのに適している」
名前から考えた結論として、「セント・ジョンズ犬」と「ニューファンドランド犬」はそのどちらにも大きいものと小さいものが存在していて入れ替えて考えることもできます。ラブラドールという言葉は、とくに19世紀の後半に小さなセント・ジョンズ犬を表す時に使われていました。大きいほうは現在のニューファンドランド犬の直接の祖先と考えられていて、小さいほうは、現在のラブラドールを含む様々なレトリバーの発展に影響を与えました。
この2種類のセント・ジョンズ犬(あるいは19世紀の作家がリストアップした4種類の犬)の間にある正確な関係もまたあいまいです。どの犬が最初なのか、また、どのくらいの割合で彼らが関係しているのかはわかりません。確かに大きなセント・ジョンズ犬はほぼ100年前にイギリスに初めて輸入されました。そして現在では多くの人が小さなほうは大きなものから派生したと言っていますが、どこにもはっきりした証拠はないのです。ニューファンドランド犬はおそらく1450年以来魚釣りや他の活動に使われてきました。ですから、このセント・ジョンズ犬とそのバラエティが発展するための時間は十分にあったのです。
イギリスでの発展:
1800年初頭から1885年にかけてイギリスに初めて輸入された犬達がたくさんいた当時、それはニューファンドランドのシープ条例とイギリスの検疫条例があまり大切ではないとして一時施行されていない時でしたが、ほんの一握りの犬舎が小さいセントジョンズ犬を定期的に輸入し、自分たちの所有地で仕事をするガンドックとして注意深く繁殖をしていました。これらの犬舎には、バクルーチ犬舎やマルメズバリー犬舎も含まれていて、どちらも自分たちの個人的なラインを作るため19世紀を通して小さなセントジョンズ犬を輸入しました。
2代目マルメズバリー伯爵(1778−1841)と息子の3代目伯爵(1807−1889)は犬を輸入し、3代目伯爵が亡くなるまで彼らのラインを守り続けました。1887年ごろに彼が書いた手紙にはこうあります。
「私たちは常に私たちの犬をラブラドールと呼んでいるのです。その当時、ニューファンドランドとの活発な商いに伴って連れた来られた犬を最初に人から譲り受けて以来、出来るかぎり純血を心がけて犬種を残してきています。本来の犬種はオイルのように水をはじく密集したコートや何よりもかわうそのような尾を持っていることで知られていました。」
時を同じくして、5代目バクルーチ公爵(1806−1884)と彼の弟であるジョンスコット子爵(1809−1860)と10代目ホーム伯爵(1769−1841)が類似してはいるものの独立したやりかたに着手しました。彼らは互いに30マイル以内に住んでいて、バクルーチのラインを発展させていったのです。11代目ホーム伯爵(1799−1881)は彼の犬でラインを続けていましたが、彼の死とともにほとんどそのラインは廃れてしまいました。
けれども、3代目マルメズバリー伯爵と6代目バクルーチ公爵、そして12代目ホーム伯爵の思い掛けない出会いのおかげで、マルメズバリーのラインから数頭の犬を二人の若い子爵が与えられることになりました。そこから、1882年バクルーチラインが再び生まれ、20世紀に伝えられたのです。バクルーチ・ネッドとバクルーチ・エイボンは一般的にも全てのラブラドールの先祖であると認められています。
この2つの異なる犬舎は少なくとも50年に渡って相いれずにブリーディングを行っていましたが、とてもよく似ているためか、ラブラドールはもとのセントジョンズ犬種にとても似通っていることを示しています。ですから、今日のラブラドール、全ての近代のレトリバーの中にあって起源となったセントジョンズ犬に最も近い関係のある犬であると推測ができ、さらに拡大解釈すれば、レトリバーの中の他の犬種、ゴールデンやフラットコーテッドレトリバーなどの犬種よりもニューファンドランド犬種の方に近い関係があるかもしれません。
20世紀:
世紀の変わり目には、これらのレトリバーはイギリスのケンネルクラブのイベントに登場するようになりました。この時には、同じ腹から生まれたレトリバーでも違うレトリバーとして登録されてしまっていました。「レトリバー」という大きなカテゴリーには、カーリーコーテッド、フラットコーテッド、チョコレート色のレトリバー、そしてノーフォークレトリバー(今は絶滅)が含まれていました。タイプが確立されるに従って、個々の犬種がそれぞれ作られ、ラブラドールレトリバーが独立した犬種としてケンネルクラブにやっと登録を認められたのは1903年のことでした。
今日に至るまで純血種としてブリーディングされてきたラブラドールという系統はありながら、独立した登録が認められるまで、いったいどのくらいのクロスブリーディングが「ラブラドール」あるいは他の犬種の中に織り交ぜられてしまったのかは誰にもわかりません。この当時のクロスブリーディングが今日現れる多くの貧弱なタイプの説明にはなりますが、ポインターやロットワイラーの混合については無視すべきことであると主張するブリーダーがたくさんいます。
いつくかの最も影響を及ぼした犬舎は20世紀の最初の20年間にイギリスに誕生したと言えます。それらの犬舎は今日の私たちが知っている犬種の基礎を作り上げました。ナッツフォード子爵のマンデン犬舎、ハウエ侯爵夫人のバンコリー犬舎がその中に含まれていました。当時多くの犬がフィールドトライアルとコンフォメーションのショーの両方で活躍をしていました。とても多くのデュアルパーパスのチャンピオンが当時はこの犬種の多方面への才能を証明するものとなりました。
ラブラドールが初めてアメリカに輸入されたのは第一次世界大戦の時でした。この時、AKCは彼らをまだ「レトリバー」として分けていて、1920年代の後半になるまでレトリバー達は今日AKCに見られるようなそれぞれの犬種に分れていませんでした。ラブラドールレトリバーはアメリカでガンドックとして大いに重宝されました。そしてアメリカのラブラドールレトリバークラブ(LRC.Inc)は今日まで主にフィールドトライアルの団体であり、AKCのフィールドトライアルを形作る助けになっているのです。
2つの世界大戦のせいで(多くの他の犬種同様に)この犬種も数を大幅に減らしました。第二次世界大戦が終わると、アメリカでは、イギリスで体形とショー系の方向づけをしたイギリスチャンピオンであるサンディランズ・マークに基礎をもつ輸入犬を通してラブラドールの数がどんどん増えてきました。他に影響を与えた犬達の中には、イギリスのデュアルチャンピオンであるバンコリー・ボロの孫に当たるアメリカのデュアルチャンピオン、シェド・オブ・アーデンが含まれ、主にフィールドトライアル系で頭角を現しました。
アメリカに話を戻しますと、ガンドックとして広くラブラドールは使われていることになります。イギリスではラブラドールは今でもなお、主にアップランドでのハンティングゲームに用いられ、しばしばドライブンバード撃ち(駆り立てた鳥を撃ち落とす)も催されています。特徴として、分れた才能はそれぞれ異なる仕事に使われています。そしてラブラドールは厳密に言えば、落ちたものをマークし、探しそして獲物を運んでくることに用いられています。一方アメリカとカナダではこの犬種がカモ類や獲物を見つけることに卓越していることが目立っているので、ラブラドールはすぐに広範囲に渡る、可能なかぎり悪天候のハンティングの状況下でもふさわしいと認められました。イギリスとアメリカのフィールドトライアルでのこの違いはとくにはっきりしているのです。
イエロー達:
ガンドックについて書かれた古い論文や記事の多くは、イエローとチョコが存在したと証明していて、どちらも血統が記録されてブリーディングされることがルールになる前でも存在していたといいます。スパニエル、プードル、セッター、レトリバー、そしてポインターでさえもイエローやリバー(チョコレート)色を出すことがあったようです。実際、百から二百年前にリバーと呼ばれた犬は、イエローから、レッド、リバー、ブラウンまでも意味したようです。
ラブラドールの初期の時代には、イエローはただ淘汰されていました。最初にイエローで登録された犬はベン・オブ・ハイデでした。2匹のブラックの犬、ストックとして輸入されて来たブラックの犬から生まれたのです。ベンは、ブラックの牝と交配して、たくさんのイエローの犬を生み出しました。もしも遺伝様式が今と一緒であるなら、このことは多くのブラックがブラックに対してヘテロであったことを示していることになります。さらに、彼のイエローの同胎犬ジュノはブラックの牡に交配しても滅多にイエローを出すことはありませんでした。けれども当時、牡犬に比べると牝犬の方がイエローの子犬を出すことが少なかったようです。そのことからホモ接合優性遺伝子を持つ牡とジュノを掛け合わせることが多かったのでしょう。
アンチ・イエローの感情はとても長く続いたので、1920年代の経験の豊かなブリーダーはゴールデンレトリバーのリングに連れていかれたと報告をしています!!この点からも、この色の犬達は不適当なタイプのバリエーションに富んでいるのを辛抱していたのです。まさにハウンド系の犬のような昔のイエローのラブラドールの写真を探すのはたやすいことです。この問題に対処するために一時的に個々のスタンダードが作られましたが、やがてはイエローもブラックと同じスタンダードに付け加えられるべきであると考えられました。今日、ブラックと同じクオリティをもつイエローのラブラドールをブラックほどはいなくてもたくさん見かけるでしょう。ある種のハンティンググループのなかでだけ、あなたは今でも間違った意見を聞くかもしれません。「ブラックの方がよりハンティングに向いている」と。
チョコレート:
チョコレートは、イエローの様に、この犬種のなかにずっと存在していました。事実、チェサピークベイレトリバーの起源についての有名な話は、おそらくプール(イギリスの町)に向かい、その後マルメズベリーかバックルーチに向かう2匹のセント・ジョンズ犬を伴っていた1807年の難破船に触れていて、1頭はブラックで、もう1頭はリバー(チョコレート)でした。チョコレート色は世紀の変わり目にポインターとの交雑によりラブラドールに導入されたと信じる人もいます。このことは、いくつかの理由から根拠のないこととされています。
*セント・ジョンズ犬の中にはリバーの存在があったとされる先人が書き記したものがあること。
*他の多くの似たような犬種、フラットコーテッドやチェサピークそしてニューファンドランドの中にもリバー色は存在していたこと。
*チョコレート色の中での遺伝子はブラックに対し劣性であるので、多くのブラックに見られる遺伝子はブラックの系統を隠していたかもしれません。そして特にたまたま出たリバーは淘汰されていました。
チョコレートのラブラドールは、同時期に淘汰されることが激減したイエローよりも、ゆっくりと時間をかけて寵愛を獲得していきました。世紀の変わり目には彼らは初期のフィールドトライアルとして活躍しましたが、1964年になるまでイギリスではチョコレートのショーチャンピオンは誕生しませんでした。その犬はクークリッジ・タンゴでした。
チョコレートはショーでもフィールドでも圧倒的に少ないのです。けれども彼らの人気は着実に上がってきていて、あと10年もしたら他の色と数が変わらなくなり、受け入れられ、クオリティも上がるかもしれません。ショーでもフィールドでもチョコレートに対する偏見がいまだにしつこく残っています。彼らはショーリングで「気難しすぎる」ことも、フィールドで「あまりにも愚か、あるいは頑固」であることもありません。
スタンダード:
スタンダードというのは、犬種の身体的な「ブループリント(青写真)」のことです。それは、身体的な表現の他に、タイプとして知られる犬種のクオリティとして求められていることについて書かれています。特徴的なこと、例えばサイズやコートの質、そして動きといったことはその犬独自の本来(現在の)などです。その他の特徴として目の色といったより美容的だけれど、他の犬種からこの犬種を分けるものもあります。スタンダードはこの犬種の代表を表しています。パーフェクトな犬はいませんが、スタンダードはブリーダーが努力をするための理想を作りだしています。
特徴と性格
ラブラドールのメインにとなる特徴は、コート(被毛)、尾っぽ、頭部そして性格をしています。ラブラドールのコートは2重です。
冷たい水の中にあっても体を濡らさず暖かく保つために、柔らかくふわふわのアンダーコートと、水をはじかせる固い外側のコートがあるのです。尾はオッターテイル(かわうその尻尾)とうまく表現されていて、尾は根元が太く先っぽに向かって細くなっていきます。背中に巻上げる尾やカールしたものは正しくありません。
ちょうどコーヒーテーブルの高さにあるので、一振りするとテーブルの上を綺麗に片付けてしまいます。
頭部は輪郭がはっきりし、彫りが深くやや広がっていて垂れ耳です。ラブラドールの顔の表現は機敏で知的で、優しくフレンドリーな性格を表わしているのです。
ラブラドールにとって一番大切なのは性格なのです。犬が好きな人達が大好きです。あなたと一緒にいる時間が彼等にとって一番幸せなのです。ラブラドールはレトリバー種なので、あなたの家に立てかけてある物や庭にあるものを見つけてはあなたの所にもってくるでしょう。彼等は子供たちがすることに非常な忍耐をもって耐え、素晴しい家庭犬になろうとするでしょう。彼等は番犬ではないのです。彼等は守ろうとして吠えることもありますが、決して攻撃的な行動によるものではないのです。
ラブラドールは素晴しい犬種ですから、人を傷つけるのではなく、死ぬほど舐め回すのが大好きです。彼等は変わった出来事や事件にあっても容易に狼狽せずに、どっしりと構えています。ですからいろいろな事を苦もなくやり遂げることができるのです。
アメリカのラブラドールには、二つのはっきりと異なる<ライン>があります。フィールド系とショー系というラインです。フィールド系のラブラドールはフィールドとハンティング能力に重きをおいてブリーディングされています。ショー系はコンフォーメーション(体型)と性格に重きをおいてブリーディングされています。
これら二つのグループにはいくつかの意見の相違が見られ、フィールド系の人からすると、ショー系のラブにはハンティングや持来の能力がはなはだしく欠けていると嘆き、ショー系の人はフィールド系のラブはもはや見かけもラブラドールらしくなく、正しい性格の点でも欠けていると嘆くのです。真実は互いのどこかにあるようです。フィールド系のラブは大抵精力に満ちていて、よりエネルギッシュに行動するように見受けられます。ショー系はスピード感には劣りますが、フィールドトライアルとして生まれてこなかっただけで、ハンターとしての素質は十分にあるのです。
どちらのタイプもアウトドアで一日中楽しめるコンパニオンドッグとしては十分な素質があるのです。
ラブラドールレトリバーは仲間であり、活動的で何かをしたいと切望している犬です。ですからただ好きなようにさせておかれたら、退屈してしまうでしょう。しつけをされなければ、そのサイズや嗜好のせいで手に余ってしまうでしょう。運動が足りなければ、退屈しのぎや余ったエネルギーを消費するために、破壊行動に及んだり逃げたりするでしょう。彼等は餌や水が当たり前であるように、自分達に注意と愛情を引き付けておきたいのです。
ラブラドールはあなたと互いに楽しみを共有しながら服従をする訓練にも取り組みやすい犬種です。さらに、ラブラドールにはたくさんの運動が必要なのです。これは、食べるのが好きなラブラドールがたくさんいることにも必然的に関係があるのです。必要な運動、トレーニング、そして関心が十分であれば、健康なラブラドールはあなたに幸せをもたらすのです。
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