『キャバリア伝説絵巻』 第一章 歴史絵巻


キャバリアの起源は仮定の域をでませんが、15〜16世紀の貴族が描かれた絵画等を見ると、

端の方にちんまりとした可愛いスパニエル犬が描かれているのが、時々見かけられます。

やはりキャバリアは、当初から愛玩犬として暮らしていたんですね。

(*注1 そのころはまだキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルという呼び方はありませんでした。小さなサイズのスパニエルタイプの犬は、トイ・スパニエルと呼ばれていて、今日のキング・チャールズ・スパニエル種と、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル種の両方のご先祖です。)

'Uffizi Venus' 『ウル ビーノのヴィーナス』

Tiziano Vecellio (ティツィアーノ)

1538年

フィレンツェ  ウフィツィ美術館蔵


 

チューダー王朝期には、トイ・スパニエルは貴婦人のペットとして人気がありました。

有名なスコットランドのメアリー女王もそういう貴婦人のなかの一人でありました。

メアリー女王と一緒に歩くトライのトイ・スパニエル

 


チュワート王家の2代目の王、チャールズ一世はキャバリア(あるいはトイ)の、 愛好家でありました。

そのため、キングチャールズという犬種名が広く使われるよう になりました。

 

チャールズ1世王と子供達

 

〜チャールズ1世王〜

子供達

*注)左から、 チャールズ(1630年5月29日生)・・後のチャールズ二世→カッコつけてる子
ジェームズ(1633年10月14日生)・・後のジェームズ二世→女の子みたいな赤ちゃん
メアリー(1631年11月4日生)→巻き毛の女の子!!


しかし、この不運な王はやがて清教徒革命において、処刑されてしまいます。

かの王が『殉教者チャールズ』と呼ばれている所以です。

哀れにも王の犬達も王と共に逝きました。

〜処刑の朝のチャールズ一世&トイ・スパニエル〜

 


チャールズ一世の死後。王位を継いだチャールズ二世もまた、この犬種の愛好家であ りました。

王は何処へ出かけるにも犬をいっしょに連れ歩いたと言われています。

〜犬を連れて公務をしているチャールズ二世〜

(どーしてもチャールズ二世に会いたい方は、二世の後ろ姿をクリックしてネ)

 


スチュワート王家、最後の王様はアン女王です。

彼女のお気に入りはマールボロー公爵婦人サラ・ジェニングス(1660〜1744)でした。

2人はとても親しい友人で、サラ・ジェニングスはアン女王に大きな影響を及ぼしました。

彼女の夫はマールボロー公爵、ジョン・チャーチル(1650〜1722)と言い、

英国屈指の 優れた政治家で、最も輝かしい将軍でもありました。

〜アン女王〜

〜サラ夫人(マールボロー公爵夫人)とアン女王〜

 


1702年、スペイン継承戦争がぼっ発しました。 (イギリスと神聖ローマ帝国連合軍 VS フランス・バイエルン軍)

マールボロー公爵ジョン・チャーチルとオーストリアのオイゲン王子の2人がヨーロッ パ連合の指揮官となりました。

1704年8月13日 マールボロー公爵ジョン・チャーチルが、ドナウ河畔のブレナムという地で 大勝しました。

マールボロー公爵指揮の騎兵がフランス軍の中央を突破したのが勝因で、戦いは一日で連合軍の大勝に終わりました。

このブレナムの戦いの功により、マールボロー公爵はブレナム宮殿を女王より賜りました。

「アン女王とマールボロー公」

ゴドフリー・ネラー

ブレナム宮殿蔵

(アン女王がマールボロー公爵の勲功を賞し、 ブレナム宮殿の計画書を手渡している)


 

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絵巻せいさく:重松 菊乃

全ての作品には著作権があります

製作協力:『キャバリア工芸村'C-island』

1999.8.13.